佐々木萌水個展 「巡って昇る」 作品解説
街中の川に落ちている器などのカケラを拾って、 漆で繋ぎ合わせて作品を制作しています。
 
川底に忘れらていた人々の営みと、 器たちの素材も地域も時間をも超越していく力を表現したいと思っています。
街中の川に落ちている器などのカケラを拾って、漆で繋ぎ合わせて作品を制作しています。
 
川底に忘れらていた人々の営みと、器たちの素材も地域も時間をも超越していく力を表現したいと思っています。
【素材・地域・時代】
 
 

高瀬川 瑠璃坏
制作:2024年
素材:漆、高瀬川のガラス片、錫、砥の粉、フェルト、木
技法:呼び継ぎ、鞘塗、箔押、呂色仕上げ、羊毛乾漆
崇仁地区の高瀬川清掃に参加した際に、まとまった量の青いガラスの破片を拾うことができました。そのガラスの青さから、正倉院宝物である瑠璃坏を連想し、この作品を制作しました。高瀬川は江戸の初期に人工的につくられた川であり、瑠璃坏に準ずるものが落ちていることはありえないことですが、そもそも私たちが普段使っている器でさえ、そのルーツを辿ると悠久の昔に遡ることができるのではないかと思うのです。

Photo by Takeru koroda

〈宮内庁HP「瑠璃坏」〉https://shosoin.kunaicho.go.jp/treasures/?id=0000011991

 
 
 

高瀬川 水瓶
制作:2024年
素材:漆、高瀬川の磁器片、銀、錫、麻布、砥の粉、和紙、木、フェルト
技法:呼び継ぎ、鎹継ぎ、白檀塗り、羊毛乾漆、一閑張
作りたい形を思いついても、拾うことのできたカケラからしか作品を作り出すことができないのが、このシリーズのヤキモキする点ではありますが、象徴的なポイントとなる形のパーツを拾うことが奇跡的にできたのがこの作品です。箔押の際にできたヒビを残して、ガラスのヒビのように見立てています。

Photo by Takeru koroda
 
 
 

高瀬川 黒白瑠璃碗
制作:2024年
素材:漆、高瀬川のガラス片、銀、錫、砥の粉、麻布、フェルト
技法:呼び継ぎ、箔押、羊毛乾漆
東九条の高瀬川清掃の際に、拾うことができたガラスの破片です。
そのガラスの分厚さや鉄線の様子などから、少し古い倉庫や工場の窓ガラスだったのではと予想されます。ガラスに六角形の模様がついていることから、こちらも正倉院の白瑠璃碗を連想して制作しました。六角形の模様を繋げることを優先し、形は拾った板ガラスの形に手を加えることなく器の形に仕上げる為に、強引に組み合わせています。

Photo by Takeru koroda

〈宮内庁HP「白瑠璃碗」〉 https://shosoin.kunaicho.go.jp/treasures/?id=0000011989&index=0
 

 
 

高瀬川 印判蒟醤輪花皿
制作:2025年
素材:漆、高瀬川の磁器片、砥の粉、フェルト
技法:呼び継ぎ、蒟醤(きんま)、呂色仕上げ
高瀬川からは印判転写で模様をつけた器の破片がよく見つかります。本作はその印判の模様を蒟醤技法で拡張したものです。蒟醤とはタイやミャンマーなどの代表的な技法で、模様を線彫りして色漆を埋め込み研ぎ出す技法です。印判の、主に線で構成された意匠が蒟醤の線彫の表現と合致すると考え制作しました。
江戸時代後期に活躍した漆匠・佐野長寛が、筆で蒟醤を表現していたことから、蒟醤経験のない私も当初は筆にて表現しようと考えていましたが、「蒟醤→応用漆絵」と、「印判→応用漆絵」では表現の意味が異なると考え、最終的には本来の蒟醤技法にて表現することに挑戦しました。
 

 
 

高瀬川 青銅風松葉唐草紋杯
制作:2025年
素材:漆、高瀬川の磁器片、砥の粉、フェルト
技法:呼び継ぎ、青銅塗、羊毛乾漆
一見漆塗りには見えない緑色の部分も、漆の技法を用いて着彩しています。唐草はステンレスや銀線を、松葉は和紙に糸を貼って葉形に切ることで表現しています。中国の青銅器の杯にインスピレーションを得て制作しました。
Photo by Takeru koroda
 

 

 
高瀬川 AI風印判碗
制作:2025年
素材:漆、高瀬川の磁器片、金、銀、錫、砥の粉、フェルト
技法:呼び継ぎ、蒔絵、呂色仕上げ、羊毛乾漆
印判手の磁器片ばかりを集めてお碗を制作しました。漆で新たに制作した箇所には、印判手の転写にならい、既存の模様からとった消しゴムはんこをつくり転写して蒔絵を施すことで、模様を拡張しています。転写の際にできたブレや矛盾を敢えて残してできた違和感は、生成AIの作り出す画にも似たものを感じます。
Photo by Takeru koroda
 
 

京芸高瀬川絵図カップ
制作:2025年
素材:漆、高瀬川の陶磁器片、錫、玉虫の羽、砥の粉、麻紐、フェルト
技法:呼び継ぎ、羊毛乾漆、錫金貝を用いたオリジナル技法
私の母校である京都市立芸術大学(以下「京芸」)は2023年に10月に京都駅近くに移転したことで、キャンパス内に高瀬川を含むことになりました。そこで、自主的に川の清掃や環境を整備しようと教職員や学生で立ち上がった「京芸高瀬川保勝会」に、私も参加しています。およそ月に1度川に入って清掃活動をしたり、伸びすぎた雑草を刈ったり、蛍やその他の生き物も住みやすい環境をつくる活動をしています。
エジプト壁画風の陶器片を拾ったことで、保勝会での活動や大学付近の様子をエジプト壁画風に表現しました。ナイル川を中心に栄えたエジプト文明のように、大学も高瀬川から豊かになっていくことを想像して制作しました。
 
〈インスタグラム「京芸高瀬川保勝会」〉
https://www.instagram.com/kcua.takasegawa?igsh=MWIzMmQ5OXh6YWpnZw==

 
 

 
高瀬川 根来風梱包材紋椀
制作:2025年
素材:漆、高瀬川の磁器片、砥の粉、フェルト
技法:呼び継ぎ、根来風塗、呂色仕上げ、羊毛乾漆
肥前吉田焼や波佐見焼などに見られる水玉模様の磁器は、現在でも一般的に用いられています。丸模様が規則的に連なる様子から梱包材を連想し、それを転写して模様を描いています。高台に磁器の部分を取り入れなかった為、高台部分を全て漆にて制作したことから、高台の形は木のお椀に寄せて制作しています。高台の形や存在そのものが、その素材と器全体の形を象徴しているとすら思うことがあります。
Photo by Takeru koroda
 
 

高瀬川 渉成 簠
制作:2025年
素材:漆、高瀬川の磁器・ガラス片、銀、砥の粉、カヤ
技法:木彫拭漆、象嵌
この作品は「東九条のタイル」「渉成園の高石垣」「簠」の3つの要素からなる作品です。
まずタイルについて、東九条付近の高瀬川では頻繁にタイル片を拾うことができます。民家を取り壊した際に出たタイル片もありますが、付近にタイル工場を含む陶磁器製品工場などが多く存在していたことから、そこから出たものもあるかもしれません。特に有名なのは泰山製陶所にて製作されていた泰山タイルです。なかなか貴重なもので入手できていませんが、いつか拾ってみたいものです。
次にタイルの配置について、渉成園の高石垣からヒントを得ました。渉成園は過去2度火災に見舞われており、その瓦礫や崩れた石などを再利用して園内に作られているのがこの高石垣です。バラバラになったものを再利用して組み合わせる術は、呼び継ぎにも通じる点があると考えています。また、渉成園にはかつて高瀬川が流れていたという歴史もあります。
最後に全体的な形について、これは大阪市立東洋陶磁美術館に収蔵されている粉青粉引 簠(ふんせいこひき ほ)を模しています。簠とはもともと儒教の祭具として用いられた青銅器を指します。粉青粉引 簠はその青銅器を模して陶器で作られたものです。今回私がさらにそれを木彫と漆で模して作ることで、時代と素材が置き換わっていくことを表現しました。
 
〈泰山タイル公式HP〉
https://taizantile.com/
〈渉成園HP「高石垣」〉
https://www.higashihonganji.or.jp/about/guide/shoseien/midokoro/popup.html?param=pop1
〈大阪市立東洋陶磁美術館「粉青粉引 簠」〉
https://jmapps.ne.jp/mocoor/det.html?data_id=980
 

【川の環境】
 
 

高瀬川 起居
制作:2023年
素材:漆、高瀬川の陶磁器片、高瀬川の石、卵殻、錫、砥の粉、フェルト
技法:呼び継ぎ、蒔絵、羊毛乾漆
この作品には磁器片の他、高瀬川の底の小石も取り込んで制作しました。網を川底につけた時のようなイメージで、高瀬川とその周縁に生きる人々や魚などに景色が展開していく作品を目指しました。

 
 
 

高瀬川 夏草の節間
制作:2025年
素材:漆、高瀬川の磁器片、高瀬川の石、銀、錫、砥の粉、フェルト
技法:呼び継ぎ、鎹、紅葉塗り、羊毛乾漆
京芸高瀬川保勝会の活動で、川に蛍を呼ぶことになりました。大学が移転してくる前、元々この場所は崇仁小学校が建っており、川はビオトープとして親しまれ、蛍を放流していた記録があります。蛍の幼虫のために砂利を寄せ、幼虫を放流した結果今年たくさんの蛍が飛び、その様子を描きました。磁器片の水玉模様を蛍の光に見立て、成虫の姿は直接描かずに鎹で表現しています。